この間たかむらさんと飲んでた時に、頭の中はこんなに似てるのに生き方がどうしてこんなに違うのか、って話になったの。
まおは結局自分は生まれるのも死ぬのも一人で、他人を理解しようというのがそもそも無理な話なんだから、まおはまお。
私は結局自分は生まれるのも死ぬのも一人で、他人を理解しようというのがそもそも無理な話なんだけど、それでもどうにか一緒にいれるときはいたい。理解できないならそのままその人を受け入れたい。
べつにどっちが良い悪いじゃないけどもね、私はいつからこんなんになったのかずっと考えてる。
私さ、思うにね、小学生の時は相当優等生だったと思うんだよね。
他人の目なんて本当にまったく興味なかった。どーでも良かった。疎まれようとも、厄介がられようとも、本当どーでも良かったんだよね。
先生が今の状況でどんな答えを求めているのか先回りしてわかっちゃって、時が来るまでまわり見て、議論がひと段落したら、さらっと結論言って、じゃあそれでいこうみたいなね。
だから、六年の時クラスが荒れた時もなぜか私が先生のカウンセラーみたいなことしてたんだと思う。
受験直前の時期になんで私は職員室に通ったのかって感じだよね。勉強しろや笑
まぁ、代表委員だったってこともあるんでしょうがね。
受験終わったあの日先生が教室でリスカ図った時も、彼女が教室から脱走した時も、なぜか私にフォロー役まわってきて、他クラスに謝りに行ったりさ。
一回キレる役やってくれない?と先生に言われた時も、よく私引き受けたよね。笑
……こう羅列してみると私の小学校生活悲惨!笑 壮絶だわw
それでこのころはさ、大人は私を頼ってくるし、それに関して私は無責任に色々引き受けたわけです。無責任ってのは任務に対してじゃないよ。私自身の人生に対してだよ。
とりあえず、なんでも引き受けていくやつがいないとクラスが回らないのに、どうせ誰もやりたくないんでしょ?別にやってもいいですよ。みたいなね。
自分の人生に関して非常に無責任だし、主体的じゃない。
皆さんはこういう人が欲しいんですね、ならば私がやりましょう。
これ、やりたくないんですね、ならば私がやりますよ。
こんな生き方してる私には親友なんていなかったわけです。
一緒にいる友達はいる、でもなんていうのかな、全然深くない。
私は昔から悪口が得意じゃない、一緒にいても攻撃しない、だから一緒にいるとかね。
なんていうのかな、私はいつもどこか大人側に立たされてたんだ。
それが悪いとも思わなかった、苦痛にも思わなかった。
でも中学入ったら、こんな自分はやめようって思ってた。
私には個性がなかった。それだけが嫌だったからね。
中学入ってもそれはそんなに変わんなくって、途中でちょっと諦めてた。
自分がどう見られているかとか、別にいいやって思った。
他人がどう言おうとも、私は私。
自分が良ければそれでいっか。
でも、まぁ中2でそんなこと、口が裂けても言えなくなった。
人が怖かった。
皮肉だね、人に執着してなかった私が、捨てられるかもって思った瞬間に人に執着し固執し依存した。
人がすべてになった。
何がなんでもばれちゃいけなかった。
それは私にとって終わりだった。
悩んだ。
ものすっごく悩んだ。
なんで生きてるのか本気で考えた。
どう生きれば私は生きる価値が得られるのか、ここにいて良いのか、あなたの隣にいることが許されるのか本気で悩んだ。
そして、思ったんだよね。
「ここ、私の隣空いてるよ」って言ってあげられる人になりたいって。
だから、私は相手と一緒にいれるときはいたい、理解できないならそのままその人を受け入れたいって思う。
それが、たとえ結局生まれるのも死ぬのも一人で、他人を理解しようというのがそもそも無理な話であったとしてもね。
分かってる、なんて利己的なんだろうね。
でも、そうなんだよ。
だって、それが出来なかったら、私はここにいる価値がないんだもん。
自分の存在意義のために相手を利用する。
……なんて欲深いんでしょうかねぇ苦笑
ああ醜い……笑
でもこれが私の正体。
今の私はこうやって出来てきたんです。
あー……なんなのこの雪。
明日から3月じゃないんかい!
40分もヒールで闊歩した私を哀れんでください笑