プリトヴェン夢主
名前:ミーティア
歳 :19
職業:巫女※
出身:不明(後に夢王国トロイメアと判明)
見目:白銀の長髪と紅い瞳。アルビノ
人称:一人称は「わたし」、二人称は「あなた」
呼方:プリトヴェン、カリバーンとも初期は様付け。後に呼び捨て。主人公は「姫様」呼び
備考:肩に灰色猫のフォルを乗せている。戦闘能力はほぼ無いが、下位の魔物なら驚かせて逃がすくらいは可
フォルについて:
正式名称「フォルトゥーナ」。壮大な名前だがミーティアがつけたわけではなく、首輪に書いてあった。
雌の4歳(人間で言うと32歳なので、ミーティアを妹のように見ている)という建前。ミーティアの母方に幼猫の頃拾われてから、彼女の傍にずっといる。
実はただの猫ではなく、ケットシー(猫の妖精)であり、良くしてもらった恩義を返すためミーティアについて旅をしている。一人称は「アタシ」で二人称は「アナタ」。
フォルの声は彼女曰く「ミーティアの運命を書き換える者」でないと聞こえないらしいが、その意味深発言の意図は彼女にしか分からない。ちなみに先に声を聞いたのはカリバーンの方。
なおミーティアはフォルが喋ることについて特に違和感を覚えてはいないし、ケットシーだと言うことも知らない。
※本当の身分はトロイメアの王女。しかし主人公程強い力はなく、継承権も下位かつ特殊(下記参照)
@ ミーティアとフォルとプリトヴェン。指輪を覚醒させるミーティア
『あら、ミーティア。その指輪は?』
手の中に納まった指輪を覗き込み、灰色猫のフォルが問いかける。ミーティアは緩やかに首を振り、答えた。
「さっき、魔物(モンスター)を追い払ったでしょう?その時に落としていったの。咥えていたのかしら」
『丁度いいじゃない。目覚めさせてあげたら?』
「……出来るかな」
ミーティアの紅い瞳が、笠の下で不安げに揺れた。
巫女を現す、暗色で統一された衣装に市女笠で顔を隠す彼女を、肩に乗ったフォルがてしてし叩く。
『出来るか、じゃないのよ。やるのよ。アナタにできないはずがないわ』
「でも……」
『まだるっこしい子ね!いいからやるのよ!失敗したら、近くの国に届ければいいだけでしょ!』
「い、痛い痛い!髪ひっぱらないでったら!」
情けない声で答えながら、不承不承とばかりに唇を尖らせて、ミーティアは手にした指輪に祈りを込める。
刹那、指輪がまばゆいばかりの光を放った。
思わず手にしたそれを落とし、眩さと驚きからほんの少しあとずさる。
指輪を落としたところにはいつの間にか、大きな盾を手にした青年が佇んでいた。
「うっ……ん……?」
半ば呻くように軽く頭を振る。短い茶髪がさらさらと揺れた。礼服仕様の軍服の高貴さと、指輪に封じられていた点を考えるに、どうやら彼は王族のようだ。
凛々しい顔立ちの彼は、はっとして目の前のミーティア達に警戒のまなざしを向ける。
「ここは?君達は、誰だ?まさか……人に化けた魔物の類じゃないだろうな」
『まあ、なんて失敬な男かしら!』
フォルが憤慨して毛を逆立てる。
『姫に向かって、口の利き方がなっていないようね!アタシが懲らしめて……』
「フォル、落ち着いて。……驚かせて申し訳ありません。わたしの名はミーティア、旅の巫女です。こちらは相棒のフォル」
「あ、ああ……俺は……」
戸惑いながら彼が返そうとしたとき、地響きのような唸りがこだまする。
岩肌にぶつかりながら反響するせいだろうか、声の主との距離感がつかめない。
青年は厳しく目を細めては、ミーティアに手を差し伸べた。
「ここは危険だ。安全なところで、話を聞かせてほしい」
「……分かりました。ありがとうございます」
ミーティアが手を取ると、ほんのわずかに彼の頬へ赤みが差す。
『自分から手を出したんだから、女の子なら取るに決まってるでしょ。おばかさんなのか、ただの鈍感なのか……』
肩の上で彼を見ていたフォルが、呆れたように翠玉の目を細めた。
彼の誘導で道なりに歩くと、荒野から一転して草花萌える穏やかな丘へたどり着く。
少し上った先、遥か向こうには、堅牢で無骨な城壁が見えた。
「アヴァロン……俺の国だ……」
青年が額に手をあて眺めては、呆然と呟く。
「俺は確か、今まで見たこともない……黒い影のような魔物と戦っていたはずだ。それがどうして、あんなことになったのか……君は知っているんだね?」
「おそらく、ですが」
ミーティアはひとつ頷き、話し始めた。
彼の戦っていた魔物は、ユメクイと呼ばれるものだろうということ。
ユメクイはひとの「夢」を喰らう文字通りの存在で、夢を喰われたひとは覚めない眠りについてしまうこと。だが、その中において各国の王族や継承者である王子・王女は、指輪の加護により、身の危険が迫った時に指輪へその精神と身体を宿されること。
「あなたの指輪は、ある魔物が持っていました。わたしがその魔物を追い払った時、落としていったもので……」
「……なるほど。君が、指輪になった俺を助けてくれたと言うことだね」
『ミーティアに泣いて感謝なさい、アヴァロンの王子。アタシ達が通りがからなかったら、アナタはずっと指輪のままよ』
「フォル、静かに。……助けたと言うほどではないですよ。たまたま、です」
「けど、今俺がこうしていられるのは、ひとえに君のおかげだよ。ありがとう」
そう言って彼が、はにかみながらも笑う。凛々しさの中に、ほんの少し幼さが見えるような笑顔だった。
つられてミーティアも笑うと、青年はどこか慌てたようにまた、顔を赤らめた。
「あ、え、えっと……ごめん、君にばかり喋らせて、俺のことを何も言ってなかったね」
こほん、とひとつ咳払いをした青年は、気を取り直して続ける。
「俺の名は、プリトヴェン。武器の国アヴァロンの王子であり、盾の騎士団を率いている。君が助けてくれたこと、本当に感謝しているんだ。……だから、その」
「?」
「あ、改めてお礼がしたい。旅の途中だと聞いているし、どうだろう?アヴァロンに来てもらえないかな。君を招待したいと、思うんだけど……」
語尾が小さめになりつつも、プリトヴェンと名乗った青年の瞳は、真っ直ぐにミーティアを見つめる。
それを受けたミーティアは、どこか戸惑いながらも頷いた。
「構いませんが……私などが、招待を受けても?」
「……自分なんか、とは言わないで欲しい」
プリトヴェンの瞳が、どこか不服そうに細められる。
「俺が君に救われたのは、紛れもない事実だよ。君にどういう事情があるかは知らないけど……卑下するのは、止めてほしいんだ」
「……ありがとう、ございます」
ミーティアはそれを受け、笠の下で目を丸くする。
しかしすぐ、微かに頬を染めて微笑した。
それを見たプリトヴェンはまたほんのり赤くなったものの、再び彼女に手を差し伸べる。
今度は、ミーティアも戸惑うことなく、彼の力強い手をそっと、握り返した。
A ミーティアとプリトヴェン。招かれた国内にて
アヴァロンは武器の国と呼ばれるだけあって、外からの城壁はもちろんのこと、国内もまた無骨な雰囲気でまとまっていた。堅牢は城壁は高く、巨大な魔物でも立ち上がって超えられるか分からないほどだ。
その中において、プリトヴェンに案内されミーティアが入ると、まず真っ先に盾を持つ衛兵らに迎えられた。
「お帰りなさいませ、プリトヴェン様!」
「ご無事で何よりです……!私達を逃がして殿をおつとめになってから、ずっと戻らず……」
「すまない、心配をかけたな。だがもう大丈夫だ」
先程の様子とは一転、勇ましくも凛々しい態度で兵士たちに応対するプリトヴェンの姿に、ミーティアは思わず見とれてしまう。
フォルが彼女の肩の上で、ふん、と鼻を鳴らした。
『ミーティア、ギャップ萌え派だったのねえ』
「うるさいよフォル」
「プリトヴェン様、その……こちらの方は?」
「ああ、俺を助けてくれた旅の巫女だ。礼をしようと思い、招いた」
部隊長と話し込んでいたらしいプリトヴェンが、そっとミーティアに目配せする。
ミーティアは恭しくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。わたくし、ミーティアと申します。こちらは相棒のフォル」
「なるほど……貴方が、プリトヴェン様をお救いくださったのですね!」
「ありがとうございます!」
兵士達が口々に、ミーティアへとお礼を述べる。中には感極まって手を握る者まで現れるほどで、プリトヴェンがいかに慕われているかがよくわかった。
当のミーティアは、手を握られても驚きのあまり、曖昧な返事しかできなかったのだが。
プリトヴェンが、わざとらしく咳払いをする。
「俺は彼女と城へ戻る。お前達、街の警備を怠らないように。……行こうか、ミーティア」
「あ、はい」
半ば呆然と歓迎を受けていたミーティアだったが、はっと我に返って頷くと、プリトヴェンに連れられ城へと向かう。
「あ、プリトヴェン様だ!」
「なんと凛々しいお姿……」
「皆、お帰りをお待ちしておりました!」
「プリトヴェン様!」
「すまない、皆には心配をかけた。この通り何処にも問題はないから、安心して欲しい」
慣れた様子で、歓声を上げる民に応対する。
それを別世界のことのように見つめるミーティアを見ながら、フォルは何か言いたげに尾をてしてしと振るだけだった。
案内された城もまた質実剛健と言った造りの、あまり派手さや美しさに欠ける外観をしている。それでも内部は、どこにでもある城のように繊細な装飾や絵画、花や調度品が用意されており、少しでも無骨さを忘れさせるような工夫が凝らしてあった。
「大丈夫?」
「え?」
「緊張しているようだから」
城内に入って早々、プリトヴェンが心配そうにミーティアを眺める。
緩やかに首を振り、ミーティアは微笑を浮かべた。
「大丈夫です。ただ……こんなに人の注目を浴びたのは、初めてで……」
「そうなのか?君は巫女だから、あまり珍しくもないと思っていたけど」
『珍しくなんてないわよ。ミーティアだって姫ですもの』
「フォル」
咎めるようなミーティアの声を受け、フォルはふてくされたように尾をぺしぺしとミーティアの首にぶつけた。
「何にせよ、気遣いが足りなかったかな。すまない」
「いえいえ。むしろすごく気を遣ってもらって……ありがとうございます」
軽く頭を下げて言うと、プリトヴェンもどこか安心したように微笑した。
謁見の間に近づくと、ミーティアはようやくとばかりに笠を脱ぐ。色素の薄い髪と、紅玉を思わせる美しい紅の瞳が露わになると、プリトヴェンは思わずまじまじと彼女を見つめた。
「? どうしました、プリトヴェン様?」
「え、あ、ああ。ごめん。その……綺麗だな、って……いやなんでもない、気にしないでくれ!」
「あ、はい」
何か言いかけた上に言葉を被せられたので、ミーティアも戸惑いつつ頷くしかできなかった。
謁見の間には、報せを聞いたらしい国王や宰相、重鎮らがずらりと並んでいた。
誰もかれも鍛え抜かれた体躯をしていたが、ことのほか国王などは、服の上からでもわかるほど筋肉の厚みが感じられる。
「父上。不肖プリトヴェン、只今戻りました」
「よく戻った。我が息子、プリトヴェン。……そして、旅の巫女よ。既に衛兵から話は聞いておる。プリトヴェンを救ってくれたこと、心より礼を言うぞ」
「こちらこそ。お招きいただき、恐悦至極にございます」
ミーティアの所作は、巫女と言うにはあまりにも優雅であった。まるで王族や貴族に対する挨拶の仕草を、幼いころから身に着けているような自然さだ。
しかしその場の誰もが、彼女の所作の優美さを気にすることはなかった。
「うむ。……本当は、お前の帰還を喜び、祝賀会を開きたいところなのだが」
王の威厳あるまなざしが、どこか悲しげに揺らぐ。
「お前の帰りがあまりに遅かった故、案じたカリバーンが出て行ったきり、未だ戻らぬ」
「カリバーンが?!」
それを聞いたプリトヴェンの顔色が変わる。
重々しく頷いた国王に続き、宰相もまた目を伏せた。
「我々一同、国王も含め、プリトヴェン様を信じ待つようにと、カリバーン様を説得したのですが……どうしても、探しに行くのだと仰って聞かず……」
「……」
「だが、お前だけでも帰ってきたのは僥倖であるぞ。プリトヴェン」
「……はい」
プリトヴェンは、何かを堪えるかのように目を閉じ、答える。
なんとも言えない空気が、謁見の間に降りた。
「……すまんな、旅の巫女殿。こちらの事情とは言え、陰鬱な空気にしてしまった」
「お気遣いなく。わたしが王子を助けたのも、偶然ですから。……僭越ながらお聞きするのですが、カリバーン様と言うのは……」
「ああ、我がもう一人の息子の事だ。プリトヴェンの実弟でな、剣(つるぎ)の騎兵隊を率いておる」
『なるほどね。直接の原因じゃないとは言え、弟が自分を探しに行ったまま行方不明なんて聞かされたら、落ち込まない方が無理ってものよ。この子、真面目そうだし』
「……プリトヴェン様」
ミーティアが気遣わしげに声をかけるものの、プリトヴェンは目を伏せたまま答えない。
国王が咳払いし、プリトヴェン、と名を呼んだ。
「そなたが悪いわけではないし、カリバーンならば、いずれ帰ってくるはずだ。なにせ、お前の弟なのだからな。それよりも、巫女殿を放っておくのはどうかと思わんか」
「っ!」
ばっ、と顔をあげたプリトヴェンが、ミーティアを見やる。すぐに微かに頬へ朱を走らせ、すまない、と小さく口の中で呟いた。
「巫女殿。我が国の周辺は恐ろしい魔物で溢れている。だが、アヴァロンの堅牢なる『盾』に鋭刃たる『剣』、そして衛兵がいる限り、ここでの安全は保障されていると言っていい。
どうか、安心してお過ごしなされよ」
「御心遣い、痛み入ります」
「うむ。……息子の恩人を、宿に泊まらせるわけにはいかぬな。部屋を用意させる故、しばらく城で過ごされると良かろう。その方が、プリトヴェンも喜ぶようだしな」
「父上!」
プリトヴェンが声を荒げる。その頬が赤くなっているのは、傍から見ても明らかだ。
彼が喜ぶと聞いて、嬉しいのだか恥ずかしいのだか分からなくなったミーティアも、気恥ずかしそうにそっと目を伏せた。
謁見を終えたミーティアは、プリトヴェンに続いてその場を後にする。
「……すまない、ミーティア。不快じゃ、なかったかな?」
「いいえ。国王様も皆様も体格が良くて、驚きましたが」
謁見の間を出て、部屋に案内する道すがら。眉を下げたプリトヴェンにそう聞かれ、ミーティアは素直に首を横に振った。
流石にここで「嬉しかった」などと言うのは場違いにも程があるし、そもそも、迷惑でない、と言う以上にこの感情をどう表していいのか、彼女自身にも良く分からなかった。
ほんの少し安堵の息をつき、プリトヴェンは苦笑する。
「全く……父上には困ったものだよ」
「そうなんですか?」
「俺が女性と何かしていたら、ああやってすぐにからかうんだ。君が迷惑に思わないならいいんだけど……」
「そんなこと、ないですよ」
そうは言ったが、やはりこの感情を上手く言える自信が、ミーティアにはなかった。
ならいいんだ、と納得したのかしていないのかいまいち分からない口調で、プリトヴェンはその話を違うものへ変えてしまった。
しばらくして、宛がわれた部屋へと到着する。軽く礼を言って部屋へと入りかけたミーティアに、少し待って、とプリトヴェンの声がかかった。
「どうかしましたか?」
「……」
「プリトヴェン様?」
「……ごめん、深呼吸する……」
呟いた声にミーティアが首を傾げる。
一通り呼吸を整えたプリトヴェンは、頬へ朱を走らせながらもまっすぐに、ミーティアを見つめた。
「ミーティア。良かったら、俺に城下町を案内させてくれないかな!」
「え?ええ、良いですよ?」
勢いに気圧されるように頷けば、緊張していた顔がほっと笑み崩れる。
「良かった!……今からだと暗くなるから、明日、迎えに来るよ。何かあったら、部屋の中のベルで侍女を呼んでくれたらいい」
「はい。……明日、楽しみにしていますね」
「! ああ、俺も!」
弾んだ声で頷き、プリトヴェンは軽く礼をして去っていく。
部屋に入ったミーティアは、んん、と軽く伸びをした。
『アナタ、プリトヴェン王子が気に入ったの?』
「うん。こんなに素直で優しい人、あまり見ないから……それに、国の人へ応対する姿はやっぱり、王子らしくて格好良かったし、その……」
『ふーーーーーん?まあいいけどね。その割には、アタシの声が聞こえないのが残念だわ』
ミーティアの肩から書き物机に降り立ったフォルは、ぺしぺしと引き出しを尾で叩いた。
「わたしの運命を書き換える人にしか聞こえない、だっけ?」
旅装を解きつつ、ミーティアは呆れたように目を細める。
「そんな壮大な人、いるわけないでしょうに」
『さて、ね。探してみないと、わからないわよ。……それより、アナタは明日着ていく服でも考えたらどう?まさかと思うけど、そんな格好のまま王子の誘いには乗らないわよね』
「………お洒落なんて持ってないんだけど」
『おばかさん。服なら茶会用のものが一応はあるでしょ。巫女装束は真っ黒なんだから、ッそれ以外ならなんだっていいわよ。あとは旅の笠。それは止めておきなさい。日よけ対策を明日、ここの侍女にでも聞くと良いわ。呼べば来るって言ってたでしょ?』
「フォル、すごい」
『アタシはここまで色々と無頓着なアナタが、心底気がかりだわよ』
フォルは机に伏せながら、溜め息交じりにそう溢した。
B ミーティアとプリトヴェン。街中にて
翌日のこと。
朝食を済ませ、侍女に手伝ってもらって支度を済ませたミーティアは、窓の外からぼんやりと景色を眺めていた。
朝の柔らかな日差しの中だからか、無骨さが目立って見えたアヴァロンの国内も、今は心なしか、やさしく見える。
道行く人の中に紛れているのは、昨日プリトヴェンが率いていると聞いた『盾』の騎士団だろう。装備こそ重厚だとはいえ、住人が親しげにしているのを見る限りでは、居丈高な集団ではないらしい。
最も、あのプリトヴェンが率いる部隊が、住人に高圧的なはずもないのだが。
「ミーティア」
こつこつ、と控えめなノックの音がする。気付いたミーティアが扉を内側から開けると、昨日より幾分か楽な格好のプリトヴェンがそこにいた。
「おはようございます、プリトヴェン様」
「お、おはよう!」
ミーティアの姿を見たプリトヴェンは、心なしか上擦った声で答えた。
侍女に見繕ってもらったのは、薄い桃色のドレスだった。歩きにくさは多少あるが、足をあまり出したくないというミーティアのわがままを聞いてくれたので、丈は足首近くまであるものだ。茶会用のものは街中を歩くには派手すぎたので、今回は何故か衣装選びに加わったアヴァロン王妃セレクションのものでもある。
上に羽織るカーディガンはミーティアの髪のように淡い白で、日差し避けの帽子もしっかり合うように準備してくれていた。
「プリトヴェン様?」
「あ、ああ、いや……その、朝から、可愛いなって……」
「えっ」
「いやごめん!いきなり困るよな、気にしないで!」
慌てて訂正するプリトヴェンだが、ミーティアは微かに頬を染めて微笑む。
かわいい、などと、ずいぶん久しぶりに聞いた言葉だった。女を捨てたつもりはないが、旅の空だとどうしてもお洒落から縁遠くなっていくものだ。だからプリトヴェンがそうやって褒めてくれたことが、素直に嬉しい。
「ありがとうございます。プリトヴェン様も、素敵です」
「っえ?!そ、そう、かな……?」
顔を赤くするプリトヴェンの格好は、動きやすい紺色のジャケットにズボンとブーツ。そして、星空が縫いこまれたような光沢のストールだった。
昨日の部隊長のような格好も良いが、このような洒落た格好も良く似合う。
「はい。とても」
「っ……あ、ありがとう。えと、それじゃ行こうか?」
「は、はい」
何だか気恥ずかしくなり、ミーティアもつい声が小さくなる。
手を差し伸べたプリトヴェンは、ミーティアの肩に相棒の灰色猫がいないことに気づくと、あれ、と零して目を丸くした。
「君の相棒……えと、名前は、なんていうんだっけ」
「フォルです」
「そうだった。それで、フォルは連れてこなくていいのかい?」
「ああ、いいんです。ひとところに落ち着いている間は、自由行動をさせていますし……あと今日に関しては、馬に蹴られたくない?とか?」
「そうか、猫だから馬は怖いんだね……厩舎の者には、猫が通りがかっても怖がらせないように伝えておくよ」
「はい。ありがとうございます」
差し伸べられた手を取る。昨日はあまり意識していなかったが、大きく固い手のひらは、武器の国の王子であると静かに物語っているようだった。
侍従の者等が、二人を温かく送り出す。その中において、ミーティアはどきりとする言葉を聞いた。
「……カリバーン様より、先に娶るかしらね」
「ふふ、とてもお似合いだよな」
楽しそうな囁き声だったが、ミーティアは微かに目を伏せ、それらを頭から追いやった。
……夢は、いつか覚めるものだ。
街中は武具を身につけた人々や騎士団、町人や商人らでにぎわっていた。
朝からこれほどまでの活気なのだ。行商人が流れてくるだろう昼前になれば、恐らくその賑わいは更に増すことだろう。
「プリトヴェン様だ!」
「普段と違う格好も素敵……」
その中において、プリトヴェンを見つけた者等が昨日と同じ歓声をあげる。
「相変わらず威厳があって、格好いいなあ……!」
男性が感心したような唸りを零せば、
「プリトヴェン様は、俺達アヴァロンの誇りだからな!」
何故か商人の一人が胸を張る。
母親と歩いていた少年は、プリトヴェンを見るや否や手を離し、元気に駆け寄ってきた。
「プリトヴェンさま!つぎは、こうかいくんれん?っていつやるの?」
「ああ、近々行うつもりだよ」
プリトヴェンは少年に目線を合わせて屈みこみ、人当たりの良い顔で笑う。
瞳を輝かせた少年は何度も頷くと、興奮冷めやらぬと言った様子で続けた。
「ぼく、おおきくなったら『たてのきしだん』に入るのがゆめなんだ!弟はね、『つるぎのきへいだん』に入るんだって!」
「へえ!それじゃ、俺達と同じだな!君達が来るのを楽しみにしているよ!」
「えへへ!」
「こら、坊や!……すみません、プリトヴェン様。お取込み中に」
慌てて駆け寄る母親が少年を抱き込み、頭を下げる。立ち上がったプリトヴェンは緩やかに首を振り、微笑みかけた。
「いいえ、元気なのはいいことですよ。俺達と同じように、兄弟で騎士団と騎兵隊に入るのが夢なのだとか」
「まったく、やんちゃばかりで困りますわ。少しはプリトヴェン様達のように、気品を身に着けていただかないと……」
「あはは」
朗らかに笑いながら町人と接する姿を、ミーティアは眩しげに見つめる。
彼の人柄や優しさに触れるたび、心が甘く疼くのだ。たとえそれが、叶わぬ想いと分かっていたとしても。
「ところで、プリトヴェン様は見回り……では、なさそうですね?それに、そちらの……」
少年の母親がミーティアを見つめる。しかしすぐに訳知り顔で頷いては、プリトヴェンに笑いながら何事かを囁いた。
目を丸くしたプリトヴェンは何か慌てた様子だったが、相変わらず微笑みながら彼女は、少年を連れて去っていく。
「……はー……」
緩やかに溜め息をついたプリトヴェンは、頬の熱を取るように手の甲を当てていた。
「プリトヴェン様?」
「! あ、ああ、ごめんごめん。君を放っておいたりして」
「いいえ。むしろ嬉しいです。プリトヴェン様の色々な顔が見られて」
それは、嘘偽りのないミーティアの言葉だった。
髪と同じ茶色のまなざしが驚きに見開かれる。しかしすぐ、はにかんだようにプリトヴェンは笑った。
「ありがとう。……そうだ、せっかくだから商店街を見て回ろうか。人が多いのは大丈夫?」
「はい。ぜひ」
ミーティアは心からの笑顔で、彼に応じた。
2019-11-13 04:39