スペック結、爻ノ編!再放送のドラマ版を観て、レンタルDVDでさらに観直して、ノベライズにまで手を出して、とうとう完結編を観終えました。まだ観てないかたはこの先をご覧にならないでください。
続きは追記にて!
実はノベライズの爻を先に読んでいたので、大体のラストは掴んだ状態で映画を観ました。
…で、思ったんです。「文庫も読んどいてよかった」って。私は映画を観ているといつもなんですが、その場面に気圧されて細かいところまで目が届いてないんですよ。流れに乗っかったまま、把握しきれずにどんどん進んで終了!ってなることが多いので、あとから思い返して「あれはなんだったんだ?」となってしまう・・・理解力足らないのか。
ですが文章で少しは流れを読んでいたので、流されきったまま上映終了〜とならずにすみました。よかった。
ちなみに同行していた旦那さんとの同一見解は「瀬文が優しい」。
爻を通して、瀬文の目が、視線が、声が、空気が、柔らかい。
ツンツンしたトゲがない。
(まぁドラマの頃は、彼自身に他人をおおらかに受け止める余裕なんてなかったわけで、当たり前か)
当麻に対して標準装備だったモノが剥がれ落ちた?壊れた?どう表現すればいいのかわかりませんが。
そしてあのラストはどういう意味だったのか、ノベライズは未読の旦那が首をかしげていました。
スペックホルダーたちはスペックを失い、それどころか死んだことすらなくなっている。平行世界の彼らは平穏の中で生きている。滅亡は帳消しになり、微妙に変化した日常。そこに当麻はいない。
当麻という存在が、おぼろげであいまいで、初めからないものになっている(のだろうか?)
けれど瀬文だけが覚えている。
荒廃した牢の中で、ただ通り過ぎていくだけの実体のない彼女の腕をつかむ。
存在を認知する。声を聴く。触れる。
来世とは違うけど、再会を果たしてくれてよかった…
…ブルーレイ出たら買います(宣言)