賑やかな音楽が響き渡るホール。
煌びやかなドレスを纏った女性とぴしりとした燕尾服を身に付けた男性とが楽し気に踊る空間は平和そのものだ。
その夜会を主催した男性はホール内に視線を巡らせる。
会場の一角に居る、一等華やかな気配を纏う二人組を見つけて、男性は笑う。
そして其方へ歩みを進めた。
そこに立っているのは真白のドレスを身に付けた令嬢(レディ)と漆黒の燕尾服の青年。
仲睦まじく笑い合っていた二人は近づいてきた主催者を見て会話を止める。
「楽しんでいただけていますかな?」
人好きする笑顔でそういう彼を見て、令嬢はすっと目を細める。
鮮やかなサファイアブルー。
そこに灯る感情を読み取って、主催者である男性も表情を消した。
……茶番はこのあたりで良いだろう。
「フィア」
低い声を令嬢の隣の青年が上げる。
「……わかっている」
それに短く答えた令嬢……否、少年はドレスの中に隠し持っていたらしい剣を抜いた。
丈の長いドレスの裾を裂き、足を露出させる。
ドレスで隠れた足元は騎士用のブーツを履いている。
敵意を向けられたことに然して驚いた表情も見せず、男は言う。
「おや、最初から読まれていた、と言うことかね」
「無論だ。違法で持ち込まれる薬や武器、それらを王女は赦さない」
そう低い声でルビーレッドの瞳の青年は言う。
……そう。
この夜会に招かれているのは眼前に居る男に招かれた顧客(ゲスト)である。
彼が売りつける違法の薬物や武器を必要とする、罪人たちだ。
剣を向けられる主催の男を見て慌てて逃げ出すゲストたちだが、恐らく外で待機している他の騎士たちに捕らえられていることだろう。
そう思いながら少年騎士……フィアは抜いた剣を男へ向ける。
「そういう訳だ。覚悟してもらおう」
首謀者である眼前の男を捕えれば任務完了だ。
亜麻色の髪の少年騎士は目を細める。
しかし、男の方は一切動揺した表情を浮かべず、笑みを浮かべながら叫んだ。
「否、覚悟するのは君たちの方だな!」
そんな言葉と同時。
大きく、会場が揺れた。
酷い地震のような振動に、フィアはバランスを崩す。
次の瞬間、固いはずの床を突き破り、大型の獣が姿を現した。
「くそ、魔獣か」
小さく呟いて舌打ちをするルビーの瞳の青年、ルカ。
彼も剣を向け、唸りを上げる獣を見る。
大型の獣の姿に隠れ、主催のあの男の姿は見えなくなっている。
「数が多い、撒くより倒すほうが早い」
冷静にそう分析したフィアは剣を振るい、とびかかってきた魔獣を一頭切り伏せた。
甲高い悲鳴。
フィアは次々と飛び掛かってくる魔獣たちに応戦している。
慣れないはずのドレス姿だが、丈を短くしていることと足元がブーツであることで、何とか戦えているようだった。
それに眉を寄せながら、ルカはそっと息を吐く。
「そうだな」
そう呟き、とびかかってきた獣の攻撃をひらりと躱し、ルカもまた剣を振るう。
魔力を使えない、ほとんど魔力を持たない彼を獣たちは"獲物"と捉えたようだ。
多くの魔獣がルカの方へ向かう。
「ルカ!」
警告の声をフィアはルカへ向ける。
ルカはに、と笑みを浮かべて剣を振りかぶる。
「任せろ!」
強く地面を蹴り、飛び掛かる魔獣の背を蹴り、次々と魔獣の首筋を狙って剣を振るう。
一息に獣にとどめを刺す様は圧巻だ。
魔術を使うことなく、自らの体と剣だけで戦う。
こう間近で彼が戦う姿を見る機会はなかなかなかった。
フィアはそう思いながら、目を見開く。
感嘆の表情を浮かべるフィアを見てルカは笑みを浮かべる。
「これでも統率官だ」
得意げにそう言ってのける彼は倒した魔獣に刺さったままの剣を抜き、べったりとついた血を近くのクロスで拭った。
フィアはそんな彼の様子に目を細める。
「ふ、確かにな」
そう笑みを浮かべると同時。
後ろから忍び寄っていた獣に、フィアは鋭い魔力をぶつける。
絶対零度の魔力は一瞬で哀れな獣を氷の彫像に変えた。
「だが、お前にばかり頼る程、俺も弱くはない」
「……流石だな」
警告の声を上げるより早く片が付いたことに苦笑を浮かべつつ、ルカは辺りへ視線を向ける。
どうやら生き残った魔獣はいないようだ。
それを呼び出した張本人も逃げだしたようだが……ちょうど、ルカの腰にあった通信機が音を立てる。
それを耳に当て、一言二言言葉を交わしたルカは一つ息を吐いて、フィアに言う。
「シストから連絡、外に逃げた奴は風隼の面々がとっ捕まえたとさ」
「それは何よりだ」
フィアは一つ息を吐いて、軽く頬を拭う。
そんな彼の様子を見て笑いながら、ルカは問うた。
「お疲れ。怪我はないか?」
「怪我はない。だが、べとべとだ。早く帰りたい」
そう言いながらフィアは短く切ったドレスの裾を払う。
彼の様子を見てルカは苦笑を漏らす。
「はしたない恰好だな」
貴族の令嬢がこんな風に足を出して歩くことなど、あってはならない。
今日は潜入のために、とこんな格好をしていたフィアだが、普段ならば絶対することのない姿だ。
……実際今日も女性の恰好をすることには最後まで渋られたが相手の警戒を解くためだと説明すれば、何とか納得してくれた、と言う次第である。
もともと戦闘になることを見越していたのだろう。
ロングドレスにブーツと言う恰好で来ているあたりが彼らしい。
そうルカが言うと、フィアは軽く肩を竦めた。
「仕方ないだろう。ロングドレスでは満足に戦えない」
「下着見えるぞ」
茶化すようにそう言えば、フィアは盛大に顔を顰めてルカの頭を強めに小突いた。
「黙れ変態。見えないようにしているに決まっているだろうが」
「いってぇ……容赦ないな」
くつくつと笑うルカは何処か楽しそうだ。
フィアはそれを見て怪訝そうな顔をした。
「何笑ってるんだ、気持ち悪い」
「散々な言われようだな……」
―― まぁ可愛い従妹の女の子としての姿を見られて嬉しい、なんて。
言ったらきっと蹴り飛ばされるだろうから、言わないけれど。
そう思いながらルカは紅の瞳を細めていたのだった。
―― 隠した本音(ことば)は… ――
(こういう形でしか着られない服。
それが似合ってる、可愛い、なんて)
(そんな恰好でも戦える頼もしい従妹相手には、到底言えない言葉だよなぁ)