賑やかな食堂の一つのテーブル。
そこについて紅茶を啜っているのは、黒髪の少年……ヒトラー。
夜鷲という一部隊を率いる彼の表情に浮かぶのは、不機嫌の色。
彼の空色の瞳はまっすぐに食堂内の一角に向けられている。
そこにいるのは銀髪の少年と、黒髪の少年。
無表情の黒髪の少年に話しかける銀髪の彼、
シュペーアはヒトラーの部下であり、友人でもある。
そんな彼が面倒を見ている黒髪の少年は、ペルという名前の"操り人形"。
堕天使の魔力でこの世界に生を止めているらしいあの少年は、
自分に優しくしてくれたシュペーアにすっかりなついたらしく、
時折こうしてディアロ城に訪ねてきているのだった。
何でも文字が書けないとかで、シュペーアに教えてもらっている様子。
別にそれが悪いとか、そういう訳ではないのだけれど……
面白くない。
別に仕事があるという訳でもないから呼び止めることも出来ないし、
彼らがああして過ごしているのが何か問題な訳でもない。
ただ純粋に……
ヒトラーもシュペーアのことは友人として大切に思っている訳で、
平たく言うのであれば、彼に構われているペルに少なからず嫉妬しているのだった。
ただ、だからといって何か行動するという選択も出来ない。
シュペーアが意地悪をしている訳でもなければ、ペルが何かしたわけでもない。
ペルのようなタイプの子供が珍しいのか、
シュペーアも相手をしながら楽しそうな風でもあるし、
何よりヒトラーも子供のように駄々をこねられるような年でもない。
仕方なしにこうしてやや遠くから彼らの様子を見ているのだった。
と、そのとき。
「ヒトラー様」
聞こえたのは男性にしては少し高い声。
視線を向ければ亜麻色の髪の少年騎士がじっとヒトラーの方を見つめていた。
それを見てヒトラーは幾度か空色の瞳を瞬かせて、彼の名を呼んだ。
「あ……フィア」
いつの間に自分のすぐ傍まで来ていたのだろう。
全く気配に気がつかない何て……
まぁ、仲間だから油断していたのもあるし、
何より今は少々注意力が散っていた。
もう少し気を付けなくてはな、とヒトラーは自分自身に苦笑する。
フィアはふと先程まで彼が視線を向けていた方を見た。
そしてすっとサファイアの瞳を細目ながら、小さく呟くような声で言う。
「あぁ彼奴……また来てるんですね」
彼奴、とフィアが示しているのは黒髪の彼、ペルのこと。
かつては因縁の間柄であった彼らだが、
フィアはルカが嫌うほど彼のことは嫌っていないらしい。
あくまで彼が嫌いなのはすべての元凶であるフォルだけだとか。
だから、別にペルが此処にいることにたいしては然して嫌悪も示していない。
ヒトラーはフィアの言葉に小さくうなずきながら呟くようにいった。
「そう、みたいだな」
また来ているんですね、とフィアが言うくらいには、
彼は頻繁にここを訪れているらしい。
まぁ、半分以上文字の勉強のために此処に来ているらしいのだが……
やはり少し、気にくわない。
そんなことをヒトラーが考えていた時、隣でくすくすと笑う声が聞こえた。
その声に驚いたように、ヒトラーはそちらへ視線を向ける。
笑っているのは他でもないフィアだった。
滅多に笑顔を浮かべることがない彼がおかしそうに笑いを噛み殺している姿は正直レアだ。
少し驚いたような顔をしつつ、ヒトラーは首をかしげて、フィアに訊ねた。
「……?どうした?」
いきなり笑ったりして、と問いかけるヒトラーを見てフィアは首を振る。
しかしその表情はやはり少し微笑んでいるように見える。
いっそう怪訝そうな顔をするヒトラーを見て笑みをこぼすと、彼はいった。
「ふふ、いえ……なんだかヒトラー様が可愛らしく見えて」
「え?」
唐突にフィアに言われた"可愛い"という言葉。
ヒトラーは思わずそれに驚いて固まる。
否、驚くことは別にない。
今までも一体何度男か女かと問われたことがあったことか。
下手な女より可愛い等と言われたことも一度や二度ではない。
無論、男性にそんなことをからかい口調で言われれば顔を真っ赤にして反論したし、
本気で言われたときには逃げるか友人を呼ぶかした。
けれど……
今のフィアの声色は、どちらでもない。
からかう訳ではなく、でも本気と言うわけでもない。
例示するならば、母親が子供に向けて言うそれのようなニュアンス。
ヒトラーが困った顔をしているのがわかったのだろう。
フィアは少しすまなそうな顔をしつつ、いった。
「いえ、あの、気を悪くしないでくださいね。
……なんだか、シュペーアを見てるときの表情が、
遊び相手をとられた子供のようで……
ヒトラー様でもそういう顔をなさるのだな、と思って」
さっきのヒトラーの様子をフィアも見ていたのだという。
人で一杯の周囲、そこを抜け出して走っていくシュペーアとペル……
その姿を見ているヒトラーの表情は拗ねた子供のそれのようだった。
それが可愛らしかったのだとフィアは言う。
ヒトラーは彼の発言に複雑そうな表情を浮かべた。
「……それは、喜んでいいのか悪いのか……」
いつも子供っぽい振る舞いをすると"大人げない"等と言われてしまう彼。
大人げないもなにも自分もまだ子供のようなものなのに、と思っていた。
しかし、それと同時……
いざこうして"子供らしくて可愛い"といわれても、素直に喜べないものがある。
フィアはそんな彼を見て苦笑しつつ、いった。
「悪い意味ではいっていませんよ」
そんなフィアの言葉にヒトラーは頷く。
わかっている、それはよくわかっている……
フィアはそういいたげな彼を見て少し悩むような顔をすると、
小さく溜め息を吐き出して、いった。。
「ただ、いつも俺よりよほどしっかりしているように見えるヒトラー様なので……
少し子供っぽいところを見られて、嬉しいような、なんと言うか」
珍しいと思った。
ああして、子供っぽい表情を浮かべているヒトラーが。
ああして、少し拗ねたような顔をしているヒトラーが。
でも、その一方でそれが可愛らしいとも思った。
フィアがそういうと、ヒトラーは不思議そうに首をかしげつつ、
小さく呟くようにいった。
「……そんなに大人びて見えるか?」
少しだけきにしたようにため息を吐き出す彼を見て、
フィアは少し考え込むような表情を見せる。
そして、ふっと笑いながらいった。
「容姿と言うよりは振る舞いですよ。
同じように部隊のトップに立つ人間なのに……
見てくださいよあの子供(ガキ)を」
そういいつつフィアが示すのは、中庭の方。
そこには黒髪に紅の瞳の少年の姿があった。
何やら部下らしき少年たちとじゃれている。
フィアの従兄であるルカもヒトラー同様に部隊を一つ率いる立場なのだが……
確かに彼にはリーダーらしさと言うものは感じられない。
そんなルカを見てヒトラーはおかしそうに笑いながら、いった。
「あ、はは……でも、あれがルカらしいといえば、ルカらしいような気もする」
ヒトラーの言葉を聞いてフィアは少し考え込むような顔をして苦笑を漏らすと、いった。
「そうですかね……
俺としてはもう少しセラらしいところを見せてほしいところですが」
フィアの言葉を聞いてヒトラーは空色の瞳を細める。
そして、小さく呟く。
「セラらしい、か」
リーダーらしさをフィアは求める。
ルカにはそれがないと言う。
ヒトラーは小さく笑いつつフィアに言う。
「まぁ、ルカもセラらしいといえば、セラらしいと思うが」
「そうですかね……俺にはとても、そうは思えませんが」
フィアはそういいつつやや腑に落ちないような顔をしている。
ヒトラーはそんな彼を見ておかしそうに笑って、いった。
「フィアはルカにたいしてだけやたらとハードルが高いからな」
フィアはいつもルカにたいして厳しい。
それが彼なりの愛情表現であるような気がしないこともないが……
でも、流石に厳しすぎやしないかと思う。
フィアはそんなヒトラーの指摘に笑みをこぼして、いった。
「ふ……身内にたいして甘くなりたくないんですよ」
「そうか……その辺りも、フィアらしい」
ヒトラーがそういってやると、フィアは笑みを浮かべてから視線を移した。
シュペーアとペルは何やら話をしている様子。
それを見て目を細めると、彼はいった。
「それにしても……よくなついていますね、シュペーアに」
「シュペーアも放っておけないんだろう。気の良い奴だからな」
そういうヒトラーはやはり何処かつまらなそうで。
フィアはそれを見てくすりと笑うと小さく呟いた。
「ヒトラー様も、もう少し子供っぽく振る舞っても良いと思いますけどね」
その声は、ヒトラーにはギリギリ聞こえなかったらしい。
キョトンとする彼を見てフィアは何でもないと首を振ってその後、
笑みをこぼしつつサファイアの瞳を細めていたのだった。
―― Which? ――
(大人びた彼の子供っぽい表情
あぁ、この人は自分より年下だったなと改めて思うんだ)
(子供っぽくあるべきか大人っぽくなるべきか
どちらでも良いのではないかと彼は言外にいっている気がした)