雨の音で目が覚めた。
隣りの男はまだグッスリ寝ている。可愛い寝顔だ。ああ、どうして君はそんなに可愛いんだ。
俺と同じ色の、だけどクルクルと渦をなすその髪、俺の大好きな髪に指を通しながら、寝起きの気怠さに身をゆだねる。
今日は珍しく、ふたりともオフだ。それが前から分かっていたから、この日は一緒に出掛けようと、ふたりで約束していた。
そんな今日は雨か…止む気配もない。
別に俺は雨が嫌いではないが、ギアッチョが嫌がる。雨にムカついてせっかくのデートがおじゃんになったら嫌だな。
せめて少しでも苛立ちを押さえられるように、朝食の準備でもしといてあげよう。
そう思ってベットから抜け出すと、その振動でか、ギアッチョが微かに動いた。まあ、まだ起きることはない。低血圧だからか、朝に弱いのはいつものこと。どうせちゃんと起き出すまでに、あと30分ほどかかるんだろう?
朝食の準備も終わる頃、珈琲の香りに誘われたのか、ギアッチョが起きてきた。相変わらず寝癖は酷いが…今日は雨だ。髪も広がるよね。
「ギアッチョぉ?」
「あ?」
「今日どうする?雨だよー…」
「……チッ…」
「……?」
「…どうして雨なんかに邪魔されなきゃいけねーんだよックソッ!馬鹿にしてるぜぇッ!何でこんな日に限って雨なんだよォッ!」
「…それで「雨だからなんだ!雨なんかに邪魔されねェ!」
そのまま洗面所の方まで歩いていった、短気な恋人の背中を見送りつつ、俺はそっと溜息をついた。
どこに行くかなんて、最初から決めていない。いつものように、出発してから決めるつもりだった。
だけど今日のこの雨、じゃね。家で本でも読んでろって言われてるみたいだよね。
規則正しいリズムの雨音と共に、洗面所でまた文句を言っているギアッチョの声が聞こえてきた。
「あ〜っ苛つくぜェッ!これだから雨は嫌なんだ!髪がまとまりゃしねえッ!」
ギアッチョがあまりにも大変そうに怒鳴るので、髪のセットを手伝ってやろうかな、と洗面所に向かった。
その途中、窓に目をやると、気のせいかな、外が少し明るくなっている気がした。そのまま窓に歩み寄る。
「…はは…っ」
俺は思わず笑ってしまった。嘘みたいだ。
「ギアーッチョー!」
鏡の前、俺は集中していた。
こんなこと言うと、俺はものすごくナルシストに聞こえてしまうが別にそんなわけではない。
普段はササッと終わる髪のセットが、雨のせいでなかなか決まらない。
別に少しぐらいいいじゃないかと思うかもしれないが、今日は久しぶりにメローネとデートなんだ。ちゃんとキメなきゃ、なあ…
「ギアーッチョー!」
……?なんだ?今手が離せないんだよ!ここの髪が…!
「ギアーーーッチョッ!」
「ギーーーーッアチョッ!」
ぶはっ…!
なんだ今の呼び方は!思わず笑っちまったじゃねーか!
…っ!ここの髪、あと少しだったのにやり直しじゃねーかあッ!!
クソッ!雨も何もかも苛つくぜェ!
「ギアッチョ!早く早く!」
行かなきゃ黙っちゃくれねーようだ。
洗面所を出てみると、窓の外を満面の笑みで眺めているメローネが見えた。
「なんだよメロー「あーギアッチョ!こっち来て!早く早く!!」
メローネの隣りに立って、窓の外を覗くと、俺は息をのんだ。
いつの間にか雨は止んでいた。そして、置き土産をいくつか残していったらしい。
窓の外にあるプランターの花に残った雨の滴が、柔らかい日の光を浴びてキラキラと光っていた。
いつもは見るたびに不快に感じる蜘蛛の巣も、今はとても美しかった。
そして何よりも…目の前の空、窓に切り取られた空に広がった大きな虹。
隣りのメローネを見ると、虹に見とれ、今まで見た中で一番美しく笑っている。
この瞬間を残しておきたくて、俺は、窓の下の棚に手を伸ばす。
一時期ハマっていた一眼レフ。少しご無沙汰していたが、手入れはきちんとしていた。大丈夫だろう。
窓の外にカメラを向け、一枚。
そのまま体ごと右を向いて、その美しい横顔をフィルムに切り取る。
メローネがシャッター音に驚き、体が少し跳ねた。
目を丸くしたまたこっちを振り向いて、カメラを持った俺に気付くとはにかんだ。
俺は急に照れくさくなって、メローネが口を開いて余計なことを言い出す前に、カメラを持ったまま洗面所に逃げ出した。
今日は海にでも行こうぜ。まだまだ寒い中海ではしゃぐお前をいっぱい写してやるよ。